【研究部門 奨励賞】オカモト”MOBY”タクヤ 氏

受賞者の著作を出版した企業の編集の方が代理で受け取りました

野球文化學會 会長 鈴村裕輔

推薦文

「野球は言葉のスポーツ」であると看破し、大リーグを対象に選手、指導者、審判、報道関係者から政治家に至るまで野球に関する様々な発言ややり取りを収集し、野球の持つ魅力と奥行きの深さを描き出したのは、伊東一雄と馬立勝による『野球は言葉のスポーツ』(中央公論社[現・中央公論新社]、1991年)であった。
野球が「投げる、打つ」といった活劇的要素や日々の勝敗だけに留まらず、言葉という人間生活の基礎となる行為に深く根差した、他に類例を見ない競技であることを広く知らしめた本書の意義は、刊行から30年以上を経た現在も色褪せない。
そして、言葉とともに人間の日々の営みと密接な関係にありながら、これまでの野球研究、とりわけ大リーグ研究の中で十分な注意が払われてこなかったのが、音楽である。
例えば、福島良一の『大リーグ物語』(講談社、1991年)、『大リーグ雑学ノート』(ダイヤモンド社、1997年)、『大リーグ雑学ノート2』(ダイヤモンド社、2000年)、『素晴らしいアメリカ野球』(光文社、2001年)、あるいは藤澤文洋の『やっぱり凄いメジャーリーグ大雑学』(講談社、2000年)など、大リーグに焦点を当て、その文化史的な意義を検討する一連の書籍では、野球と歌の関わりをいわゆる「セブン・イニング・ストレッチ」で歌われるTake Me Out to the Ball Gameに基づいて検討したり、大リーグの球場内でのオルガン演奏や1979年7月2日にシカゴ・ホワイトソックスの本拠地込みスキー・パークで企画された「ディスコ・デモリッション・ナイト」を巡る騒動について紹介したりしている。
しかし、これらはいずれも米国社会における野球のあり方を文化的な側面から検討するための事例として扱われており、一つの章をなすには至っていない。
こうした状況から、野球と音楽の関係は興味深い逸話を見出すことが出来ても、真剣な議論の対象ではないという印象を持つとしても不思議ではないだろう。
これに対し、今回、オカモト”MOBY”タクヤ氏は、従来の野球と音楽の関わり方に関する人々の理解を改め、両者が密接であり、不可分の間柄にあることを実証した。
その著書『ベースボール・イズ・ミュージック!』(左右社、2022年)は、野球に音楽とのかかわりをもたらしたTake Me Out to the Ball Gameの成立を巡る通説の誤りを正すことから始まり、選手の入場曲や歌詞の中に詠われる選手、野球と関係のある音楽家や大リーグ各球団における音楽事情など、多様な視点から考察を進める一冊である。
オカモト”MOBY”タクヤ氏は大リーグ解説者であるとともにバンド SCOOBIE DO のドラム奏者でもあり、野球と音楽の二つを知悉する人物である。そのような氏であるからこそ、これまで興味深い挿話の域を越えなかった野球と音楽の多様な交わりを解き明かすことが出来たのであり、その意義は大リーグ研究を一歩進めるだけでなく、野球文化史の発展という側面からも重要である。
何より、正確な音楽に関する知識と理解によって、一見すると難しく思われる話題も平易かつ明晰に説き明かす筆致は、最先端の研究成果を広く社会に還元するという点でも大きな役割を果たしている。
以上より、第5回野球文化學會賞研究部門奨励賞の受賞者としてオカモト”MOBY”タクヤを強く推薦するとともに、今後の研究活動の一層の発展に期待する。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA