【研究部門】中村哲也 氏

  • 『体罰と日本野球』
    • 著者:中村哲也 氏
    • 出版:岩波書店

野球文化學會委員・鷲崎 俊太郎氏 推薦文

 なぜ日本のスポーツ界では,体罰が無くならないのか。これまで国民の誰もが感じてきた疑問を解決するため,中村哲也氏は,博士論文以来,その起源や推移・変遷を実証的に分析してきた。本書は,その集大成だといえる。

 本書の概要と意義は,『体育史研究』第41号で尾川翔大氏によって詳細に評されている。なかでも歴史分析の側面として,スポーツ界の体罰が従来の「軍隊起源説」に拠るものでなく,①戦時期以前から体罰が実施されていたこと,②戦後から旧軍隊で体罰を経験した「軍隊帰り」の上級生や指導者によって,野球部内に体罰が持ち込まれたこと,③その折に体罰を受けた選手が指導者となって体罰を行使するという負の再生産がなされたことを明らかにした点に,研究の意義が見出される。さらに,本書は,事実発見に留まらず,体罰をなくすための対策として,日本スポーツ界とそれを取り巻く社会の構造を多面的に改善させるメッセージを発信している。
 こうした本書における貢献の第一は,岩波書店から出版された点にある。同社サイトの「岩波の志2021」では,「私たちが直面している現在の課題を歴史的な文脈で捉え」ることが「喫緊の課題」と謳うが,本書の同社からの刊行は,そういう課題の一つとして「スポーツと体罰」を位置づけたことを意味している。ゆえに,岩波書店がこれまでけっして積極的に採りあげてこなかった日本野球史の書籍を出版できたことのインパクトは大きい。
 第二の貢献は,上記の学術誌に限らず,大衆誌,新聞,ラジオ放送局,ネット記事など,あらゆる日本のマスコミが,一斉に本書を書評欄や特集記事に掲載し,「スポーツと体罰」への議論を巻き起こした点にある。その数は,管見によるだけでも,2024年4月の段階で16媒体,延べ20回に及ぶ。それだけ,日本スポーツ界における体罰への問題提起と,その構造的・歴史的解明は,現代社会の大きな関心事だったといえる。
 推薦者である私自身は,日本のスポーツ史・体育史を専門とせず,日本の社会経済史を研究するが,本書におけるスポーツ界における体罰の歴史は,近代日本史の中でも,学校教育史や社会大衆史,軍事史,スポーツ経営史などと密接に関係するものであり,双方の分野が今後,相互にリンクしていくことが期待される。そうしたスポーツ史の学際的研究の一環として,中村氏は,2023年に私を含む当学会の会員など計10名で 「野球地域史研究会」を組織した。そして2024年からは,同氏を研究代表者とする「近現代日本の地域における野球の普及・発展史に関する学際的研究」が,科学研究費基盤研究B (課題番号:24K02815,助成金額:4年計1859万円)に採択されているが,その背景として,本書を中心とする中村氏の研究業績が質量ともに十分存在していたことは言うまでもない。
以上のように,本書はスポーツ史においてきわめて重要な位置づけを成す研究書だといえる。これらの理由により,私は本書を野球文化學會賞(研究部門)として推薦する。

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