【活動部門】村上雅則氏

- 村上雅則氏
野球文化學會会長 鈴村裕輔氏 推薦文
現在、毎年のように日本のプロ野球選手が米国・大リーグに挑戦するとともに、主力選手として活躍している者も多い。
2024年のシーズン開幕時点で大リーグに在籍する日本人の大リーグ選手は10人であり、米国籍以外の外国人選手の出身国としては第7位、アジア地域では第1位となっている。
このように、大リーグにおいて日本人選手は各球団にとって欠かすことのできない存在となっている。
そして、日本人として初めて大リーグ球団に所属したのは、周知の通り村上雅則氏である。
村上氏は1964年9月1日にサンフランシスコ・ジャイアンツに昇格してニューヨーク・メッツとの試合に臨み、日本人、さらにはアジア人として初めて大リーグの公式戦に出場した。同年は9試合に出場して1勝1セーブ、防御率1.80、翌年は45試合に登板して4勝1敗8セーブ、防御率3.75を記録し、ジャイアンツの中継ぎ・抑え投手として活躍した。
日本に帰国後は渡米前の所属球団であった南海ホークスに復帰し、阪神タイガース、日本ファムファイターズを経て1982年に引退するまで、合計18年にわたり日本プロ野球に在籍し、通算で566試合に登板し、103勝82敗30セーブ、防御率3.64を記録した。
現役引退後はファイターズ、福岡ダイエーホークス、西武ライオンズでコーチ、ジャイアンツのスカウトを務めた。
さらに、1995年に野茂英雄選手がロサンゼルス・ドジャースに所属し、村上氏以来30年ぶりに日本人大リーグ選手が登場すると、村上氏は日本人大リーグ選手の先駆者として注目を集め、大リーグの解説や一般書、啓蒙書、解説書などの執筆・監修を行っている。
村上氏の存在は日本国内だけでなく米国においても注目され、1994年に大リーグ昇格30年を記念してジャイアンツがその愛称である「マッシー」(Mashi)にちなんだ “Mashi Day”を開催しただけでなく、1995年にはサンフランシスコ市が8月5日を”Masanori Murakami Day”とし、その後も2014年、2024年にそれぞれ大リーグ昇格の周年記念として始球式を行っている。
一連の活動により、2004年には日米修好150年を記念して日本の外務省より外務大臣表彰を受けたほか、2015年には米国の歴史家であるロバート・フィッツ氏が村上氏の伝記Mashi: The Unfulfilled Baseball Dreams of Masanori Murakami, the First Japanese Major Leaguer をネブラスカ大学出版から刊行したり、2024年1月には駐日米国大使館の支援を受けた日米野球外交プロジェクトが村上氏のオーラルヒストリーを収録した映像を公開したりしている。
このように、村上氏の多岐にわたる取り組みは、野球を通した日米の文化交流の促進に大きく寄与している。
以上より、第6回野球文化學會賞活動部門の受賞者として村上雅則氏を強く推薦し、これまでの活動を顕彰するとともに、今後も日米両国の文化交流の重要な担い手としての活動を期待する。